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チェンソーマン -石ノ森章太郎を継ぐもの- 最新話までのネタバレあり

葬いの鐘が よく似合う
地獄の使者と ひとのいう

 

君たちはあるヒーローたちを知っているだろうか。

 

かつて冷戦下、人ならざる身体で国家の裏で暗躍する巨悪と戦ったヒーローを。

 

人間として当然の幸せに憧れ、神のごとき悪魔と戦ったヒーローを。

 

マフラーをなびかせたあのヒーローを。

 

 

そう彼の名は

 

 

チェンソーマン

 

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前提のお話

 

週刊少年ジャンプで現在連載中の藤本タツキの「チェンソーマン」

 

連載当初から面白いのだろうと気になっていたものの毎週追うほどの気力はなく...

 

しかしここ最近、何か騒がしいと感じ取り最新話まですぐさま追いついた。

 

いざ最新話まで読んでると、1話から悪役であることを提示していたマキマの狙いと本性が明らかとなったことで予想の真逆、いやそれ以上の面白さが発揮されていた。

 

 

それまでは悪魔の力を発揮しても、頭部以外は人の姿のままだった主人公デンジの姿は変貌し、さらにはどういうわけか腹から腸が飛び出し、あたかも仮面ライダーサイボーグ009が如く首に巻きつき垂れ下がっていた。

 

そしてマキマは言う

 

「助けを叫ぶとやってくる(中略)何度も何度もエンジンを吹かして起き上がる 地獄のヒーロー チェンソーマン」

 

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そう、これまで悪魔をその身に宿しながら人々を守るという「初期デビルマン」的なフォーマットかと思いきや、この漫画は石ノ森章太郎が描いていたヒーローを継承しようという意思を明確に打ち出した漫画であった。

 

石ノ森ヒーローの肝である、人ならざる者の悲哀や苦悩なども、これまで非常に丁寧に描いてもいることから

 

ここで一度改めて流れを振り返ると非常に面白い。

 

 

 

石森章太郎:60~70年代、「サイボーグ009」天使編および神々との闘い編の連載

 

永井豪石森章太郎のアシスタントを経てデビューし72年、悪魔の身体と人の心を併せ持った「デビルマン」の連載

 

藤本タツキ:2019年、悪魔でも人でもない少年が主人公「チェンソーマン」連載

 

 

 

さらには藤本タツキは作品内でもわかりやすく答えを出してもいる。

 

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火炎放射器の悪魔であるキャラクターは手の形を6にして、歯のスイッチを入れて変身する。

 

そしてサイボーグ006は口から火炎を吐くことが出来る。

 

以上の目くばせやほのめかしを見れば

 

チェンソーマンが石ノ森ヒーローを継がんとする漫画であるという前提を疑う人はもういないだろう。

 

 

 

本題

というわけで今回チェンソーマンにハマり、何より心躍っているのは

 

サイボーグ009 未完の「神々との闘い編」をこの令和の時代にやろうとしているのではないかということ。

 

 

というのもこの漫画は”悪魔”という概念を中心に置きながら

 

「天使の悪魔」という対極に近い名前のキャラクターを登場させながらも、重要なポジションではない違和感

 

そして前回89話において、マキマが日本国民の命1000年分を使用して発生させた”槍”によってチェンソーマンは人を助け、自己犠牲によって”わき腹”を貫かれ絶命する

 

マキマはチェンソーマンを崇拝し殺されることは栄誉であるとしながらも、彼を自分のものにして人類を救済せんとする、ユダ的な立ち位置だ。

 

というように非常に分かりやすくキリストの話でありながら、デンジの実感を欲することに対してポチタと契約し願いを叶えさせるというのはダンテの神曲のようでもある。

 

極めつけにマキマの自宅には私の大好きなギュスターヴ・ドレの「失楽園」のルシファーが地球へ向かう際の挿絵が大きく飾られている....

(好きだっただけに、あのコマを見た瞬間鳥肌立った....)

 

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そして肝心のサイボーグ009の神々との闘い編で、008は元の人間の体に憧れ、さらには「神は悪魔だ」というセリフまで呟く。

 

 

つまり最初から人間的な幸せを望んでいたデンジは、全てを与えてくれた神としてのマキマによって全てを奪われ、それに抗う。

 

これは「神との闘い」に他ならないだろう。

 

 

 

 

 メタファーと元ネタ

 タイトルにもなっているチェンソー

 

今や名実ともに”血”を分け、家族としての繋がりを持ったパワー

 

敵対するマキマが他者を支配する際に出てくる”鎖”

 

この支配の鎖をチェンソーでもって断ち切り、犬つまりは家畜から血の繋がりで家族を得て人となる話であろう。

 

 

そして「チェンソーマン」を構成する数多の元ネタだが、それこそデビルマンサイボーグ009、聞くところによると弐瓶勉作品、そして作者が尊敬してやまない沙村弘明作品

 

しかし最も強く感じるのは「鉄男」だろう

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男の報われぬリビドーと、狂った世界観にビジュアルはまさに「鉄男」そのものだ。

 

 

 

今後の期待と予想

 

最新話ではチェンソーマンは人々を守ってきたこと恐れは声援へと変わったことで弱体化し槍で貫かれ、それを庇うためパワーはチェンソーマンから生まれ直すもマキマに従う...

 

というような展開だが、槍で脇腹を貫かれたのであれば再誕はつきものであり、その再誕をパワーが担っているのかもしれない。

 

また設定としてもパワーはチェンソーマンの心臓であるポチタを食べて復活しているため、肉体を差し出しても心臓はパワーの中にあり、そして心臓からの再生も可能なことから、わかりやすくブラフなのであろう。

 

しかしもっとも重要なヒーローと守られる人々の関係だ。

 

悪魔は恐れられなければ弱い。つまりヒーローという構造上は致命的な弱点となっている。

 

この展開は見覚えがある。

 

私のオールタイムベスト3位「ぼくらのウォーゲーム」において最終決戦。

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 世界中からの応援による負荷のせいで主人公たちのレスポンスが下がり、敵から集中砲火を食らうという展開。しかし最後には世界中からの応援が奇跡を起こすというもの。

 

では”あえて”そのまま当てはめるとするならばどうなるのか。

 

今のところマキマが周囲を動かすためにチェンソーマンのことを「チェンソーの悪魔」と言っているが、では銃や火炎放射器などよりチェンソーのほうが怖く感じるか?という疑問。

 

つまりチェンソーマンは「チェンソーの悪魔」ではなく「ヒーローの悪魔」なのではないか、そしてその力の源は人からの恐怖ではなく、悪魔達からの恐怖によって力が増大するのではないかという推論。

 

人々からの期待や応援というものは時に重圧となるが、絶望に落ちたときに助けてくれるのは人々からの期待や応援である。という意味の転換が起きてこそヒーローものの作品は熱くなる。

 

 最後に

これまでジャンプはなんとか「進撃の巨人」の補填をしようと、似て非なる(面の皮の厚い)漫画をいくつか連載していたが、このチェンソーマンこそジャンプにおけるポスト進撃の巨人となっているのには驚いた。

 

もう展開としては終わりそうな雰囲気もあるが、可能性としては神々や天使が出てきて二部へと続いてもおかしくはない。

 

これまで書いてきたようなこねくり回した予想など無くとも、頭を空っぽにして読める上に、キャラクターも可愛い。

 

これからの展開が楽しみで仕方ない!